特別コラム早稲田実業学校 初等部 前校長 星 直樹 先生にインタビュー

星 直樹 先生
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自分で道を拓いていく
「自立」の基礎を育む - 先の見えない時代をAIと共存しながら切り拓いていかなくてはならない子どもたちには、どんな力を授けてやればよいのでしょうか。そんなときに参考にしたいのが、確固たる教育方針を持っている私立学校です。「去華就実」を校是、「三敬主義」を校訓とする早稲田実業学校初等部 前校長の星直樹先生に、その狙いや教育の特色について伺いました。
教育方針を共有できる保護者層の存在に意義
──私立の小学校の魅力をどのようにお考えでしょうか。
星 小学校は義務教育ですし、特例校に指定されない限りは、学習指導要領や学校教育法施行規則などに準拠することになりますから、教育内容や授業時数が私立と公立で大きく異なるわけではありません。最大の違いは、私立学校には独自の教育方針があり、それを教職員と保護者が共有していることです。私立学校は、その教育方針に賛同できる人を教職員として採用しますし、その教育方針に賛同してくださる保護者の子どもが入学します。独自の教育方針があるというだけでなく、保護者も含めたみんながそれを大事にしているという点こそが私立学校の魅力だと考えています。
──保護者の存在が大きいと。
星 そう思います。子どもは環境のなかで育つものです。どの学校も考える力を大切にしていますし、情報教育などの現代的課題にも取り組んでいます。何がきっかけで子どものやる気スイッチが入るのか誰もわかりませんから、学校行事や体験活動などもそれぞれの学校が工夫を凝らしています。そうなると、決め手になるのは、学校が大事にしていることをご家庭がサポートしてくれる環境があるかないかということです。学校で興味を持ったことを深めるために、親子で一緒にいろいろなところに出かけていくような環境があると子どもはぐんぐん伸びていきます。その意味で、私立学校の強みは、学校の方針に賛同してくださる保護者の方々がいらっしゃることだと思います。
──貴校を選ぶ保護者の方々はどんなことを期待されているのでしょうか。
星 やはり早稲田というブランドが醸し出すイメージだと思っています。早稲田には医学部こそないものの、どんなマイナーな分野にも進出していく裾野の広さがありますし、自分の居場所を自分で見つけていく力を身につけるのにいい場所だと思ってくださっているのではないでしょうか。
初等教育における校是・校訓の意味
──校是・校訓の意味するところを教えていただけますか。
星 校是の「去華就実」とは、「華やかなものから去り、実のあるものに就く」という意味で、要するに、形だけでなく中身を大事にしましょうということです。校名に「実業」の文字が入っているのも、有益な社会人の育成をめざすだけでなく、学問と生活を近づけようとする意図があります。学んだ中身を活かして、自分で自分の居場所を見つけて、幸せな生活をめざしていきましょうというわけです。初等部に通っていただくとわかりますが、あまりピンクや赤のものを持ってくる子どもはいません。色を指定しているわけではありませんが、校是をみんなで理解して実践しようとした結果なのだろうと思います。
──校訓はいかがでしょう。
星 「三敬主義」は、「他を敬し、己を敬し、事物を敬す」という意味です。他人も自分も出来事を含めた事物を「大切にする」ならわかりますが、「敬す」としているわけです。己を敬すことは、他を敬すことから学べるはずですし、他を敬すことは自立にもつながっていきます。なぜなら、自立とは全部自分でできることではなく、いい意味で人に依存することであり、必要なときに助けを求めることができることでもあるからです。また、事物を敬すとは、物事は、捉え方一つでいろいろな意味や価値を見出すことができるという意味ではないかと考えています。これらを私なりに解釈すれば、他者も自己も物事も、その良いことも悪いことも含めて、ありのままを受け入れるということなのではないかと考えています。これらの校是・校訓を基本に、自立を促す教育を行っているのが本校なのです。
言葉を大切にして自分の考えを作る
──特色ある教育プログラムをいくつかご紹介ください。
星 校是にあるように、日々の授業を大切にしていますから、行事も少なく、大きなものは2学期の初頭にある運動会と、学年末に行われる「学習発表会」くらいです。ただ、自立を促すという意味で、始業式の次の日からは1人で登校してもらっていますし、自分の考えを作るために言葉を大切にした教育を行っています。たとえば、1・2年には「自然発見」という国語と生活の合科的な授業があり、興味を持った自然物について発表してもらっています。なぜ興味を持ったのかを言語化していく過程を通して、自分で考える力を養っていくわけです。

──「学習発表会」とは、どのようなものですか。
星 言葉どおり、1年間の学びの成果を発表する会ですが、中身は歌唱と朗読であり、校是にあるように、派手な演出をつけることはありません。学習の成果は最終的には言葉に集約されると考えており、本校では創設以来、この形式での「学習発表会」を堅持しています。言葉を曲に載せれば歌唱になりますし、仲間と協力して朗読すれば群読になるからです。教材を使って群読することもあれば、調べたことを発表することもあります。保護者も招き、敷地内にある小室哲哉記念ホールで実施していますが、言葉だけとはいえ、保護者からもかなり高い評価を受けています。
──言葉を大切にする教育は、普段の授業の中でも行われているわけですか。
星 もちろんです。担当する先生方の個性を重視しながらも、子ども同士の話し合いをどう引き出すかを常に念頭において授業をしてもらっています。中等部に進めば、中学校で卒業論文、高校で日本史の論文、修学旅行のレポートなど、言葉を大切にする、自分の考えを作るということを、一貫校として大切に守っています。
初等部は原則撮影禁止自分の目で成長を確認
──他校にはない特長のようなものはありますか。
星 初等部では、「運動会」も「学習発表会」も含めて、学校関連行事ではカメラ、ビデオでの撮影は原則禁止となっています。もろろん、業者を入れて記録に残し後日頒布していますが、保護者がわが子の走る姿をビデオカメラで追う…といった風景は本校では見られません(笑)。わが子の成長はファインダー越しではなく、しっかりと自分の目で確かめてほしいとの思いがあるからです。このあたりは頑なに守り続けています。
──宿泊学習などは、どの程度行っているのでしょうか。
星 3年生は高尾山に1泊し、2年間の「自然発見」の授業の延長として大自然に触れます。4年生は2泊3日で秩父に足を運び、水について学習します。5年生は3泊4日で志賀高原を訪れ、農業体験なども行います。6年生も3泊4日で滋賀と京都を巡り、産業や歴史について学ぶことになっています。

──ICT教育や海外体験の機会などはいかがでしょうか。
星 ICTに関しては、出足こそ遅れましたが、2025年度からは、3年生以上からiPadを使うようになります。デジタル機器を使えば思考力が伸びるわけではなく、必要に応じて使うというスタンスです。それでも、授業内だけでなく、各種委員会活動でも活用するなど、けっこう浸透していると思います。海外に関しては、「ハワイサマープログラム」(1~4年生)、「台湾ホームステイ」(5・6年生)、「オーストラリアホームステイ」(6年生)を用意していますが(24年度実績)、いずれも希望者を募って実施しています。
──近年は小学校における教科担任制が増えています。
星 本校では1年生から教科担任制で、体育と音楽と美術は専科の先生が担当しています。3年生になると理科が専科になり、今年度からは5・6年生は社会と算数も専科になりました。担任はずっと国語を担当しますが、それが「学習発表会」へとつながっていくわけです。こうした教科担任制は、中等部での学びへの準備にもなっています。
大学まで続く一貫校全入ではない点に注意

──中・高等部との連携などはいかがでしょうか。
星 同じ敷地内に中・高等部があるため、運動会や文化祭では相互に行き来していますし、高学年の児童に吹奏楽部が演奏会を開いたり、中高の生徒が初等部のクラブの指導に来たりすることはあります。図書委員による初等部の児童への読み聞かせなどもあり、子どもたちは徐々に中・高等部へのイメージを膨らめていくようです。来年が125周年目に当たるため現在新校舎を増設中ですが、ちょうど中等部と初等部の間にできるため、一貫校としての新たな交流スペースとして機能するのではないかと期待しています。
──多くの保護者は、最終的には早稲田大学への進学を希望されているのでしょうか。
星 基本的にはそうだと思います。そうはいっても、本校には医師の師弟が数多く在籍しています。たぶん、最初から医師になることを強要するのではなく、自分で人生を選ばせたいという思いで本校を選んでくださっているのだと思います。最終的に医師になると決めれば、医学部のある大学を受験しても、中学や高校で学校を変わってもいいわけです。それも自分で人生を選択したことになりますから。
──保護者へのメッセージをお願いします。
星 1つだけ、気に留めておいてほしいことがあります。中等部に進むには進学基準をクリアする必要があり、全入ではないということです。もちろんほとんどの児童が中等部に進学しますが、初等部入学が即早稲田大学進学ではないということです。その上で、本校の教育方針に賛同してくださったなら、ぜひ本校を訪れ、ご自身の目で本校の実際の姿や児童の様子などを確認してみてください。