─私立 中高一貫校がいま、考えていること─
理念を体験で実践していく
本校が創立以来、教育の根幹に据えてきたのが「自然・生命・人間」という建学の理念です。その源流には学祖・額田晉の思想があります。額田は「人は何のために生きるのか」という根源的な問いと向き合い、自然科学を通して人間の生き方を見つめようとしました。
その思いは今も本校の教育の原点です。AIをはじめとする科学技術が急速に進歩し、社会の有りようが大きく変わりつつある今、改めて問われているのは「人間とは何か」「どう生きるべきか」という根源的な問いではないでしょうか。本校ではおおらかで温かい校風の下、自然を科学的に探究する姿勢、生命を尊ぶ心、そして人間としてよりよく生きようとする姿勢を育むことを大切にしています。
ただ理念は言葉として伝えるだけで生徒の内面に根付くものではありません。実際に見て、触れ、人と出会い、心を動かす。その経験を通して考えることにこそ本校が大切にする学びがあります。そのため授業だけでなく、学校行事や国際交流なども「本物に触れる学び」の場として大切にしています。
その思いから今年は中2の京都校外学習を大きく見直しました。これまではタクシーを利用した班別研修を行っていましたが、新たに海外からの留学生と生徒が8人一組になって一緒に京都の街を巡るプログラムを実施しました。生徒たちは英語でコミュニケーションを取りながら、自分たちで行程を考えて一日を過ごします。
もちろん最初から思うように意思疎通ができたわけではありません。電車ではぐれ、不安になりながら仲間を探した生徒もいました。それでも英語で身振り手振りを駆使しながら自分たちの力で状況を乗り越えようとする。そうした試行錯誤の中にこそ、教室だけでは得ることのできない学びがあります。
校外学習を終えた後も、生徒たちは興奮冷めやらぬ様子で覚えた英語を口にしていました。「伝えたい」「理解したい」という思いが芽生えることこそ、世界へ踏み出す第一歩です。本物の体験は人の心を動かし、次の行動を生み出す力があります。そうした経験を6年間の学校生活の中で、一つでも多く重ねてほしいと願っています。
一つの体験から育まれる
京都での取り組みに象徴されるように、異なる文化や価値観を持つ人々との出会いは生徒の視野を大きく広げます。こうした考え方は、本校が長年力を注いできた国際交流にも通じています。私は以前、国際交流室長として海外研修に携わってきました。その経験を通じて、校長になってからは生徒が海外へ行くのであれば、より現地でしかできない経験をしてほしいと考えるようになりました。
本校はオーストラリア・ブリスベンにあるセントピーターズ校と姉妹校提携を結び、長年にわたって交流を続けています。そこで今回、午前中語学学校で過ごしていた1週間のプログラムを見直し、前半3日間をファームステイへ、後半4日間を姉妹校家庭でのホームステイへと変更しました。ファームステイ・ホームステイにした理由は、語学教室を出て直接交流することで言葉が通じなかったり文化の違いに戸惑ったりすることも含めて、自分の視野を広げる「本物の体験」とすることです。
語学として英語を学ぶことももちろん大切です。しかし、せっかく海外へ赴くのであれば、現地でしか得られない経験を大切にしたいと考えました。家庭で生活し、同じ食卓を囲み、地域の文化や自然に触れる。そうした日常そのものに身を置くことが、異なる文化や価値観を理解する機会になるからです。
一方で、セントピーターズ校からは、例えばオーケストラ部やブラスバンド部の生徒たちが50~60人といったような規模で、本校を訪れることもあります。その際も、全員を本校の生徒がホストファミリーとして受け入れるようにしています。日本では浅草へ連れて行ったり、一緒にたこ焼きを作ったりとそれぞれの家庭がおもてなしをしています。
これだけの規模の生徒を、それぞれの家庭がホストファミリーとなって受け入れられることも、本校に根付く国際交流の文化を象徴しているように思います。海外だけではなく日本での異なる文化や価値観との出会いもまた、生徒たちの成長につながるのでしょう。
私たちが国際交流を通して育みたいのは英語力だけではありません。異なる価値観を持つ人と出会い、自ら関わり、新しい環境へ一歩を踏み出す力です。京都で留学生と歩いた一日も、オーストラリアで過ごす日々も、その力を育むかけがえのない経験だと考えています。
生徒の自立をサポートする
6年間の教育を通して目指しているのは、生徒一人ひとりの自立です。大学受験も教育のゴールではなく、自らの力で未来へ踏み出すための大切な通過点だと考えています。本校では大学入試共通テスト会場まで教員が応援に行くことはなく、学校で生徒の背中を見送ります。6年間をかけて一人で歩いていける人に育てることが学校の役割だからです。
また、大切なのは、進学先の名前そのものではなく、そこへ向かう過程でどのような人へと成長するかです。自己肯定感も人からほめられるだけで育つものではないと思っています。自分で目標を定め、その実現には何が必要なのかを考え、一歩ずつ努力を重ねていく。思うような結果が出なければ方法を見直し、また挑戦する。そうした経験も成長には欠かせません。
教員の役割も、ただ「努力しなさい」と求めることではありません。生徒が自ら目標を見いだし、そこへ至るための方法をともに考える。いわば成長に伴走するコーチのような存在です。生徒が自分で目標を見つけ、自らの力で歩き出せるよう、その過程に寄り添い、支えていくことが私たちの役割だと考えています。
「自然・生命・人間」という理念の下、本物に触れ、人と出会い、自ら問い、考え、行動する。6年間で積み重ねる一つひとつの経験が、やがて自分の力で人生を切り拓く糧になっていきます。おおらかで温かな環境の中、最後は自信を持って社会へ踏み出していく。その背中を見送ることが私たちの願いです。
校長 坂井 眞 先生
- 市川中学校・高等学校
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