謎を解決してくれたのが理科だった
校長 野水 勉 先生
――理科を担当されている先生方は、理科という教科の面白さをどのように捉えているのでしょうか。
宮本 私自身は、小学校の頃から理科が好きで、そのときの気持ちをあえて言葉にすれば、「どうしてだろう」とか「不思議だな」と感じたことを解決してくれるのが理科の勉強だったからだと思います。理科の勉強をすると、自分が知りたいことがだんだんわかってきて、自分の知的好奇心が満たされていくことをうれしく感じていたのでしょう。お小遣いは少なかったのですが、本だけは買ってくれる親で、図鑑や理科の本を読みふけっていた記憶があります。当時は推理小説も好きでよく読んでいましたが、自分がわからない謎を図鑑や本で解いていくという点では、つながっていたような気がします。
中村 理科を好きになるという点ではまったく同じです。付け加えるのであれば、観測とか観察の面白さですね。理屈通りじゃないというか、本に書かれていないことが見えてきたりして、そんなところが大きかったような気がします。僕もいろいろな本を買ってもらっていました。やはり図鑑系というか、文字ばかりじゃない本、学研のひみつシリーズとかニュートンといった本を通して、理科の世界を楽しんでいました。
――理科の先生になろうと思われたのはどんなきっかけだったのでしょうか。
宮本 ずっと理科が好きだったので、理科の面白さを子どもたちにも伝えてあげたいという気持ちは常に持っていました。研究職でも教職でもそれは可能でしたが、最終的には「モノ」を相手にするよりは「人」を相手にする仕事に就きたいという気持ちが上回って教職を選択しました。教えること自体が好きだったということもあると思います。
中村 僕はそこまでは教職への思い入れはなく、当初は大学院に進んで研究者になる進路を思い描いていました。大学生になって帰省したとき、母校の中学校の恩師に会って教員をやってみたらと言われたことがきっかけで、教職の免許を取ることにしました。その後いろいろありましたが、気づいてみたらこの道に進んでいたというか…(笑)。もしかしたらその先生に憧れていた面もあったのかもしれません。前任校も母校でしたし…。今年で教員生活30年目ですが、それだけ続いているということは、教えることは嫌いではないのだろうと思います。
本質を掴むため先取りも抑制的
校長 海保 雅一 先生
――医学部も含めて理系進学者が多い開成や灘では、かなりハイレベルなことをやっているのだろうと思う読者もいるでしょうが、具体的にどんなことをやっているのかはあまり知られていない気がします。まずは理科という教科をカリキュラム全体のなかでどう位置づけているのでしょうか。
海保 灘の場合は、文科省が設定している理科の標準授業時数の1.4倍くらいはとっています。進学校だとそれくらいやっているのかもしれませんが、かなり理科教育には力を注いでいます。しかも、本校では多くの教員が学年団として6年間持ち上がることが多く、たとえ授業担当の理科教員が学年団に入っていなくても、その学年は基本的に同じ教員が授業を担当するため、中1から高3までビジョンを持って教えることができるという特色があります。
中村 加えて、物理、化学、生物、地学の4分野をそれぞれ専門の教員が教えることになっています。しかも教える順番や内容、進度は、各先生に任されていますから、どの先生も独自の視点で6年間を組み立てているのだろうと思います。
宮本 開成もほぼ似たような状況です。各分野とも専門性の高い教員がいますし、基本的に6年間、もしくは高校から入る生徒もいるため最低でも3年間はその学年を1人で受け持つ形をとっています。3年間あるいは6年間を通して計画的に教えることができますから、教員としては授業を進めやすい環境があります。
――中学校における理科の授業で、工夫していることや、とくに留意していることなどがありましたら教えてください。
中村 地学が専門なのですが、本物に触れるということを重視しています。たとえば、地球上の岩石の成り立ちを理解する単元では、教科書に書いていることを実際の岩石標本で確認するわけですが、その際に岩石標本の実物を手に取って、肌触りや持ったときの密度といったものを体感してもらいます。本校には地球上で最も古い岩石の一つとされる約40億年前の「アカスタ片麻岩」の標本がありますが、それも必ず手に取って、それぞれが何かを感じるということを大切にしています。実習にも力を入れています。地震計の記録から初期微動継続時間を読み取り、震源距離を計算したうえで、コンパスを使って地図上で震源の位置を特定させたり、やや時代遅れかもしれませんが、気象通報を聞いて自分で天気図を書き、気圧配置をイメージさせたりといった作業をすることで、理解を深めさせる工夫を行っています。
宮本 中学のとくに低学年の間は、中学受験のマイナス面を解きほぐすことを意識しています。試験時間が限られる入試ではどうしても公式に当てはめたり、定番の論述問題の決まり文句を丸暗記したりしがちです。そのため中学に入っても、計算問題は解けるものの、公式に当てはめているだけで、式の意味がわかっていない場合が多々見受けられます。たとえば、水溶液を加熱する際に沸騰石を入れる理由について、教科書通りに「突沸を防ぐため」と答えることはできても、突沸と激しい沸騰の違いを理解していなかったり、加熱の際に試験管を傾ける理由がわかっていなかったりします。ガスバーナーを点火する順番を覚えてはいても、なぜその順番なのかを理解していないために、何かトラブルが起きると、とたんにお手上げ状態になってしまいます。経験が足りていないせいなのかもしれませんが、とにかく実験器具の操作の意味や現象の裏にある「理屈」を理解してもらうことを意識しています。
中村 確かに体を動かして得た知識のようなものが少なくなっているような気はします。知識が上滑りしているような感覚です。授業中の対話でも、「その知識ってどこから来たの」と思うほど難しい知識を知っているのに、それを自分の言葉として話せないというか…。時代の流れで膨大な情報を手に入れることはできても、その情報の意味を理解しないまま単なる知識だけが積み重なっているような感じを受けることがあります。
――授業のペースという点ではいかがでしょうか。
宮本 私は化学が専門ですが、そんなに早いペースではないと思っています。中学のときは、中学の教科書プラスアルファで授業を進めていますが、高校からも生徒が入ってくるため、高校の教科書は高1から始めています。そうなると、どんなに急いでも教科書を終えるのが高3の1学期くらいになります。高2で終わらせている学校もあると聞いていますが、本校では理科に関してはそこまで早くは進めていません。
中村 本校には高校から入学する生徒もいるため、高校1年次には、科目によって中学からの内部進学生とは異なるカリキュラムを組み、学習内容や進度の差を埋められるようにしています。ただ、物理などの分野では、内部進学生については先取りを急がず、中学の内容を中学3年までじっくり扱い、高校での学習へとつなげています。これは、論理的に考え、学んだ知識を活用する力を培うことを重視しているためだと思います。授業進度を上げていくと、じっくり考え、理解を深めるための時間が失われてしまうように思います。地学の分野でも中2、中3で高校の学習内容を扱うことがありますが、中学生にも無理なく理解できるよう、段階を踏んで丁寧に伝えています。
――進学校だからといって、必ずしも前倒しで授業を進めているわけではなく、本質的な部分の理解を目標に密度の濃い授業をされているわけですね。
中村 先取りが目的ではなく、テーマに至るプロセスや考え方を重視して、どう伝えるかという部分を意識しています。
言語能力の維持強化が先決か!?
化学科教諭 宮本 一弘 先生
――生成AIを活用するようになると、知識だけが先走る傾向が強まるような気がします。先生方は、生成AIの活用についてどのようなお考えを持っているのでしょうか。
宮本 生成AIに関しては、自分自身はまだ試行錯誤の段階です。非常に便利な道具ではありますが、すべての生徒ではないにしろ、生成AIで答えを求めてそれで理解した気になっている生徒が増えてきている気がするからです。レポートを課す場合にも、生成AIでは答えられないような課題を出すといった工夫が必要になるのかもしません。このまま生成AIの活用が進んでいくと、生徒が自分で粘り強く考えるという作業をしなくなるのではないかと危惧しています。そうなると確実に学力は落ちていくと思いますから、授業の中で活用はしたいとは思いつつも、まだその活用の仕方について自分の中では答えが出ていません。
中村 授業のなかで直接、生徒に生成AIを活用させることは考えてはいませんが、教員が授業の展開に生成AIを活用するというのはアリだと思っています。現在、少しずつ使い始めているのは、たとえば発問の仕方です。授業では、生徒が主体的に考えるようになるきっかけを与える発問は非常に重要で、これまでは自分の経験に基づいた引き出しから持ってきていました。しかし、情報はどんどん更新されていますから、信憑性を確認しつつ生成AIを利用して発問の仕方を工夫するといった形を探っている状態です。
宮本 自分で勉強を進めていくためには、非常にいいツールだとは思います。しかし、それだけで力がついていくかということになるとちょっと…。
中村 やはり手を動かして、そこから得られるものを大事にしたいですね。
――校長先生方は、生成AIの活用についてどのようにお考えでしょうか。
野水 生徒が利用するのを制限するのはなかなか難しいだろうとは思います。ただ、生成AIは表面的な知識の集約しかできませんから、生成AIにはできない、人間しかできない想像力を鍛えるということがとても大事だと思います。具体的にイメージするまではできていませんが、生成AIを活用しつつも、そこに溺れない工夫が大切になるのでしょう。
海保 理科教育に限らない話ですが、生成AIに負けない言語力を維持しないと大変なことになるという危機感を持っています。本校の入試でもそうですし、文科省の「全国学力・学習状況調査」の結果をみても、問題文の読み取りミスがあったのではないかと思われるケースが目立ちます。
中村 理科ができる、あるいは算数や数学ができるという背景には国語ができるということが大前提になっていますね。理科の教員と話していても、大学入試問題でさえ、基本は国語力だという認識です。
宮本 定期考査で論述問題を出してみると、読んでいて意味がわからない答案というのに出会うことはありませんか。
中村 そのわからなさがどこに起因するのか読みきれない答案はありますね。基礎となる内容がわかっていないから書けていないのか、表現の仕方を知らないからなのか、グレーゾーンな解答は確かにあります。
宮本 それっぽい言葉を使えば取りあえず点数が取れるだろうって感じで、やはり理解が上辺だけになっている気がします。
野水 開成の中学入試の国語の問題はほとんど記述式ですし、長文を出題していますから、読解力も書く力もないと入ってこられない試験にはなっているのですが…。
宮本 そのはずなのですが、理科と現代国語では少し違うのかもしれません。頭の中で考えたことをどう表現するか、理路整然とちゃんと辻褄が合うようにするにはどう書けばいいのかが難しいのかもしれません。この点を踏まえて授業を組み立てなくてはいけないと思います。
教員の範囲を超えることに期待
――理科教育を考える上では、授業だけでなく、生徒の自主的な活動も大きなウエイトを占めると思いますが、先生方はどのように関わっているのでしょうか。
宮本 開成では一般的には化学部と呼ばれる部活を理化学部と呼んでおり、その顧問を務めています。最近は若い先生にメインで担当してもらってはいますが、心がけているのはできるだけ生徒に自主的にテーマを見つけてもらうことです。自分でテーマを見つけられる生徒ばかりではありませんから、こちらとしてはできるだけいろいろな種を蒔いています。知り合いの大学の先生の研究室を見せていただいたり、実験させていただいたりすることで刺激を与えたりしており、生徒の気づきを誘引するような情報へのアンテナは常に張っています。もちろん、蒔いた種が全部芽を出すわけではありませんが、生徒が食いついてくれるものが1つでも2つでもあればいいかなと思って取り組んでいます。
高エネルギー加速器研究機構の見学
大学の研究室で実験体験
――外部の大会などで発表することもあるのですか。
宮本 東京私立中学高等学校協会が主催する「生徒理科研究発表会」で必ず発表させていますし、レベルが高い研究なら、大学の先生方も参加する日本化学会関東支部主催の「化学クラブ研究発表会」で発表させることもあります。人前で発表することで、有意義な意見をもらえ、刺激ももらえるので、できるだけ外部で発表させるようにしています。
中村 私も部活の地学研究部の顧問をしていますが、近年は「砂金甲子園」への参加そして上位入賞をめざすことがメインの活動になっています。砂金甲子園では、あらかじめ決められた数の砂金が数kgの砂とともにバケツに入れられており、大量の砂から「パンニング」と呼ばれる方法で砂金を速く正確に採取する技術を競います。団体戦と個人戦があり、会場は大いに盛り上がるとともに、競技を通してメンタリティやチームワークも鍛えられます。
砂金を速く正確に採取する技術を競い合う
「砂金甲子園」に向けて
――国際科学オリンピックなどに出場する生徒の指導にも関わっていらっしゃるのですか。
中村 先ほど種蒔きの話が出ましたが、授業の中で国際科学オリンピックの面白さを伝えるようなことはしています。ただ生徒への影響という意味では、実際に日本大会や世界大会に出場した生徒が後輩に伝えてくれる部分の方が大きいと思います。身近なロールモデルがいることで、「自分も行けるかもしれない」という、挑戦への意欲が生まれるのかもしれません。
野水 灘には、いろいろな分野にそうしたロールモデルがたくさんいますが、本校でも少しずつではありますが増えてきた感じはあります。
――学校がそういう大会への参加を推奨しているわけではなく、先輩から刺激を受けて取り組む形が多いのですね。
中村 そこは大事にしたいと思っています。教員が引っ張るのは違うだろうと。
宮本 教員が引っ張ってしまうと、どうしても引っ張ってくれるのを待つ生徒が増えてしまうので、あくまで生徒主体であるべきだと思います。何よりも、教員が引っ張っている限り、生徒は教員を超えていかないですからね。
中村 超えませんね。生徒には超えていってほしいわけですから、ビニルハウスではなく露地で育っていってもらいたいですね。
宮本 灘も開成も、おそらく興味を持つとものすごく集中する生徒が多いのだろうと思いますから、それに期待したいと思っています。
自然への感受性を育みたい
地学科教諭 中村 義則 先生
――日本の理科教育のあり方について、何かお考えはありますでしょうか。
海保 先ほどの「全国学力・学習状況調査」では、各教科が好きか嫌いかを聞くアンケート結果も載っていますが、実に興味深いデータがあります。好きな教科という点では、小5も中3も、男女問わず理科が一番高いのです。世間では理科離れと言われていますが、少なくとも文科省の調査を見る限り、初等教育と中等教育前半までの理科教育はうまくいっていると思わざるを得ないわけです。高校の部分に問題があるのですかね。
宮本 小中学生向けに化学の実験教室を開いたりしていますが、やはり食いつきはとてもいいです。理科離れの言葉は知っていますが、開成は以前と比べると理系の生徒が6割から7割へと増えています。たかが1割かと思うかもしれませんが、1クラス分ですから、教員としては授業数が増えて大変です。最近は医学部進学率の高い女子校も増えていますし、おそらく進学校と呼ばれる学校では、理系が増えているのではないかと思います。そうではない学校で理科を敬遠する生徒が増えているという、2極化が進行しているのかもしれません。
野水 確かに進学塾などの話を聞いていると、私立の有力進学校では、理科の施設をどんどん充実させていますし、理科教育に重きが置かれているようです。それに引き換え、公立校はどんどん実験をしなくなっているとも聞いています。現在は高校受験も大学受験もパターン化していて、推薦入試や、少ない科目で受験できる入試が増えていますから、理科教育が疎かにされる傾向があるのかもしれませんね。文科省などはSTEAM教育などをどんどん推進しようとしていますが、どうも中学から高校へとつながる教育体制のなかで理科教育が後退して行く感じはしています。
海保 ただ進学校にいると、そのあたりの状況がなかなか見えてこないのかもしれません。
――小学生時代にどんな風に理科を学んできてほしいと思っていますか。中高で理科を学ぶ土台としての学びという視点でもかまいません。
中村 当たり前ですが、答えを覚えるのではなく、世の中のいろいろなことに疑問を持つというか、不思議だなって思えることが重要です。そして、その不思議だと思ったことに対して、その答えを外部に求めるのではなく、まずは自分で考えてみるという癖をつけてほしいですね。基本的に教育は時間がかかるものだと思いますし、親御さんにも、子どもが自ら考えるのを見守り、必要なときに適切な助言をするという「啐啄同時」を意識してほしいと思います。
宮本 実験教室をやっていると、まだ理科を勉強していない小学校低学年であっても「不思議だな」「どうしてなんだろう」って声が聞こえてくるのですが、これこそが非常に大切なことであり、まさに理科の勉強の第1歩だと思っています。小さいなりにも一生懸命考えることがとても重要なのです。科学実験キットがありますが、それだと特別な単なる実験ショーになってしまうので、できるだけ、身近なものや現象で科学の面白さ、不思議さを味わってほしいと思います。例えば、料理の中にも科学はたくさん隠れています。子どもたちは本当に面白いなと思った瞬間に自分で調べ始めますから、そうなったらこっちのものです(笑)。
海保 自然の精緻さに感嘆する気持ち、いわゆる「センス・オブ・ワンダー」がすべての出発点だと思っています。レイチェル・カーソンが著書の中で、彼女の姪の息子さんと森や海岸を歩いて、夜空を見上げたり、波の音を聞いたりしながら、大人と子どもが一緒になって自然の中を探索して共に感動することの大切さを記していますが、まさにそういった体験から好奇心や探究心が育っていくのだと思います。今の小学校にそうした博物学的な授業を求めても難しいことはわかっていますが、それでも自然への感受性を高める努力はしてほしいと思います。プログラミングも大事ですが…(笑)。
野水 私自身、子どものころからサイダーを作る実験をしたり、昆虫採りや石探しなどの経験を積んだりしたことで理科が好きになりました。また、小学校時代は学習雑誌の付録で、湿度計やモーターの仕組みなどを自分の手を動かしながら楽しく学ぶことができました。小学生のうちに、そういう体験をできるだけたくさん積んでほしいと思います。
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